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この頃抽斎は五百いおにこういう話をした。「己おれは公儀へ召されることになるそうだ。それが近い事で公方様くぼうさまの喪が済み次第仰付おおせつけられるだろうということだ。しかしそれをお請うけをするには、どうしても津軽家の方を辞せんではいられない。己は元禄以来重恩の主家しゅうけを棄すてて栄達を謀はかる気にはなられぬから、公儀の方を辞するつもりだ。それには病気を申立てる。そうすると、津軽家の方で勤めていることも出来ない。己は隠居することに極きめた。父は五十九歳で隠居して七十四歳で亡くなったから、己も兼かねて五十九歳になったら隠居しようと思っていた。それがただ少しばかり早くなったのだ。もし父と同じように、七十四歳まで生きていられるものとすると、これから先まだ二十年ほどの月日がある。これからが己の世の中だ。己は著述をする。先ず『老子ろうし』の註を始はじめとして、迷庵※(「木+夜」、第3水準1-85-76)斎えきさいに誓った為事しごとを果して、それから自分の為事に掛かるのだ」といった。公儀へ召されるといったのは、奥医師などに召し出されることで、抽斎はその内命を受けていたのであろう。然るに運命は抽斎をしてこのヂレンマの前に立たしむるに至らなかった。また抽斎をして力を述作に肆ほしいままにせしむるに至らなかった。
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