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「私は高柳周作たかやなぎしゅうさくと申すもので……」と丁寧に頭を下げた。高柳君が丁寧に頭を下げた事は今まで何度もある。しかしこの時のように快よく頭を下げた事はない。教授の家を訪問しても、翻訳を頼まれる人に面会しても、その他の先輩に対しても皆丁寧に頭をさげる。せんだって中野のおやじに紹介された時などはいよいよもって丁寧に頭をさげた。しかし頭を下げるうちにいつでも圧迫を感じている。位地、年輩、服装、住居が睥睨へいげいして、頭を下げぬか、下げぬかと催促されてやむを得ず頓首とんしゅするのである。道也どうや先生に対しては全く趣おもむきが違う。先生の服装は中野君の説明したごとく、自分と伯仲はくちゅうの間にある。先生の書斎は座敷をかねる点において自分の室へやと同様である。先生の机は白木なるの点において、丸裸なるの点において、またもっとも無趣味に四角張ったる点において自分の机と同様である。先生の顔は蒼あおい点において瘠やせた点において自分と同様である。すべてこれらの諸点において、先生と弟ていたりがたく兄けいたりがたき間柄あいだがらにありながら、しかも丁寧に頭を下げるのは、逼せまられて仕方なしに下げるのではない。仕方あるにもかかわらず、こっちの好意をもって下げるのである。同類に対する愛憐あいれんの念より生ずる真正の御辞儀おじぎである。世間に対する御辞儀はこの野郎がと心中に思いながらも、公然には反比例に丁寧を極きわめたる虚偽きょぎの御辞儀でありますと断わりたいくらいに思って、高柳君は頭を下げた。道也先生はそれと覚さとったかどうか知らぬ。
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