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伊豆では今の田方たがた郡田中村大字宗光寺の百姓惣兵衛そうべえが娘はつ十七歳、今から二百十余年前の宝永ごろに、突然家出をして行方不明であった。はつの母親が没して三十三回忌の日、還ってきて家の前に立っていた。近所の者が見つけて声をかけると、答えもせずして走りだしまたいずれかへ往ってしまった。その後も天城山に薪まきを樵きこり、又は宮木を曳ひきなどに入った者がおりおりこの女を見かけることがあった。いつも十七八の顔形で、身には木の葉などを綴つづり合わせた珍しい衣服を纏まとうていた。言葉をかけると答えもなく、ただちに遁にげ去るを常としたと『槃遊余録はんゆうよろく』の第三編、寛政四年の紀行のうちに見えている。甲州では逸見へんみ筋浅尾村の孫左衛門を始めとし、金御岳かねのみたけに入って仙人となったという者少なからず、東河内領の三沢村にも、薬を常磐山に採って還かえらなかった医者がある。今も時としてその姿を幽谷の間に見る者があって、土人は一様にこれを山男と名づけているが、その出身の村なり家なりでは、永ながくその前後の事情を語り伝えて、むしろ因縁の空むなしからざることを感じていたようでもあった。
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