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高柳君は床とこのなかから這はい出した。瓦斯糸ガスいとの蚊絣かがすりの綿入の上から黒木綿くろもめんの羽織を着る。机に向う。やっぱり翻訳をする了簡りょうけんである。四五日しごんちそのままにして置いた机の上には、障子の破れから吹き込んだ砂が一面に軽かろくたまっている。硯すずりのなかは白く見える。高柳君は面倒だと見えて、塵ちりも吹かずに、上から水をさした。水入みずいれに在ある水ではない。五六輪の豆菊まめぎくを挿さした硝子ガラスの小瓶こびんを花ながら傾けて、どっと硯の池に落した水である。さかに磨すり減らした古梅園こばいえんをしきりに動かすと、じゃりじゃり云う。高柳君は不愉快の眉まゆをあつめた。不愉快の起る前に、不愉快を取り除く面倒をあえてせずして、不愉快の起った時に唇くちびるを噛かむのはかかる人の例である。彼は不愉快を忍ぶべく余り鋭敏である。しかしてあらかじめこれに備うべくあまり自棄じきである。
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