olエロ電車av自己虐殺の幻覚と自己の屍体幻視……と、いうのである。
しかしこう思うのは高柳君の無理である。御雛様おひなさまに芸者の立たて引ひきがないと云って攻撃するのは御雛様の恋を解かいせぬものの言草いいぐさである。中野君は富裕ふゆうな名門に生れて、暖かい家庭に育ったほか、浮世の雨風は、炬燵こたつへあたって、椽側えんがわの硝子戸越ガラスどごしに眺ながめたばかりである。友禅ゆうぜんの模様はわかる、金屏きんびょうの冴さえも解せる、銀燭ぎんしょくの耀かがやきもまばゆく思う。生きた女の美しさはなおさらに眼に映る。親の恩、兄弟の情、朋友の信、これらを知らぬほどの木強漢ぼっきょうかんでは無論ない。ただ彼の住む半球には今までいつでも日が照っていた。日の照っている半球に住んでいるものが、片足をとんと地に突いて、この足の下に真暗な半球があると気がつくのは地理学を習った時ばかりである。たまには歩いていて、気がつかぬとも限らぬ。しかしさぞ暗い事だろうと身に沁しみてぞっとする事はあるまい。高柳君はこの暗い所に淋しく住んでいる人間である。中野君とはただ大地を踏まえる足の裏が向き合っているというほかに何らの交渉もない。縫い合わされた大島の表と秩父の裏とは覚束おぼつかなき針の目を忍んで繋つなぐ、細い糸の御蔭おかげである。この細いものを、するすると抜けば鹿児島県と埼玉県の間には依然として何百里の山河さんがが横よこたわっている。歯を病やんだ事のないものに、歯の痛みを持って行くよりも、早く歯医者に馳かけつけるのが近道だ。そう痛がらんでもいいさと云われる病人は、けっして慰藉を受けたとは思うまい。
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