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吉野は勝久の事を町住いに馴れぬといった。勝久はかつて砂糖店を出していたことはあっても、今いわゆる愛敬あいきょう商売の師匠となって見ると、自分の物馴れぬことの甚しさに気附かずにはいられなかった。これまで自分を「お陸さん」と呼んだ人が、忽たちまち「お師匠さん」と呼ぶ。それを聞くごとにぎくりとして、理性は呼ぶ人の詞ことばの妥当なるを認めながら、感情はその人を意地悪のように思う。砂糖屋でいた頃も、八百屋やおや、肴屋さかなやにお前と呼ぶことを遠慮したが、当時はまだその辞ことばを紆曲うきょくにして直ただちに相手を斥さして呼ぶことを避けていた。今はあらゆる職業の人に交わって、誰をも檀那だんなといい、お上かみさんといわなくてはならない。それがどうも口に出憎でにくいのであった。或時吉野の主人が「好く気を附けて、人に高ぶるなんぞといわれないようになさいよ」と忠告すると、勝久は急所を刺されたように感じたそうである。
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