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この年前さきに貶黜へんちつせられた抽斎の次男矢島優善やすよしは、纔わずかに表医者おもていしゃ介すけを命ぜられて、半なかばその位地を回復した。優善の友塩田良三りょうさんは安積艮斎あさかごんさいの塾に入れられていたが、或日師の金百両を懐ふところにして長崎に奔はしった。父楊庵は金を安積氏に還かえし、人を九州に遣やって子を連れ戻した。良三はまだ残のこりの金を持っていたので、迎えに来た男を随したがえて東上するのに、駅々で人に傲おごること貴公子の如くであった。この時肥後国熊本の城主細川越中守斉護なりもりの四子寛五郎のぶごろうは、津軽順承ゆきつぐの女壻じょせいにせられて東上するので、途中良三と旅宿を同じうすることがあった。斉護は子をして下情かじょうに通ぜしめんことを欲し、特に微行を命じたので、寛五郎と従者とは始終質素を旨としていた。驕子きょうし良三は往々五十四万石の細川家から、十万石の津軽家に壻入する若殿を凌しのいで、旅中下風かふうに立っている少年の誰たれなるかを知らずにいた。寛五郎は今の津軽伯で、当時裁わずかに十七歳であった。
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