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昨夜の無銭飲食の奴のことで、七時には警察へ行かなくてはならない。眠くって頭の芯しんがズキズキするのをこらえて、朝の街に出てゆくと、汚い鋪道ほどうの上に、散しの黄や赤が、露にベトベト濡れて陽に光っていた。四谷よつやまでバスに乗る。窓硝子ガラスの紫の鹿かの子こを掛けた私の結い綿の頭がぐらぐらしていて、まるでお女郎みたいな姿だった。私はフッと噴き出してしまう。こんな女なんて……どうしてこんなに激しくゆられ、ゆすぶられても、しがみついて生きていなくてはならないのだろう! 何とコッケイなピエロの姿よ。勇ましくて美しい車掌さん! 笑わないで下さいね。なまめかしく繻子しゅすの黒襟くろえりを掛けたりしているのですが、私だって、貴女みたいにピチピチした車掌さんになろうとした事があったんですよ。貴女と同じように、植物園、三越、本願寺、動物園なんて試験を受けた事があるんです。近眼ではねられてしまったんだけれど、私は勇ましい貴女の姿がうらやましくて仕方がない。――神宮外苑がいえんの方へ行く道の、一寸高い段々のある灰色の建物が警察だった。八ツ手の葉にいっぱい埃ほこりがかぶさったまま露がしっとりとしていて、洞穴のような留置場の前へはいって行くと、暗い刑事部屋には茶を呑んでいる男、何か書きつけている男、疲れて寝ころんでいる男、私はこんなところへまで、昨夜の無銭飲食者に会いにこなければならないのかしらと厭いやな気持ちだった。ここまで取りに来なければ十円近くの金は、私が帳場に立て替えなければならないし、転んでも只では起きないカフエーのからくりを考えると厭になる。結局は客と女給の一騎打ちなのだ。ああ金に引きずりまわされるのがとても胸にこたえてくる。店の女達が、たかるだけたかっておいて、勘定になると、裏から逃げ出して行った昨夜の無銭飲食者の事を思うと、わけのわからないおかしさがこみ上げて来て仕方がなかった。
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